□ R02年12月期 A-15  Code:[HF0801] : ソフトウェア無線受信機の信号処理例
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2022年
12/31 12月期問題頁掲載
09/01 08月期問題頁掲載
05/14 04月期問題頁掲載
H3212A15 Counter
無線工学 > 1アマ > R02年12月期 > A-15
A-15 次の記述は、SDR(Software Defined Radio:ソフトウェア無線)受信機の概要等について述べたものである。[ ]内に入れるべき字句の正しい組合せを下の番号から選べ。なお、同じ記号の[ ]内には同じ字句が入るものとする。
(1) SDRとは、一般に電子回路に変更を加えることなく、制御ソフトウェアを変更することによって、無線通信方式(変調方式など)を切替えることが可能な無線通信又はその技術を指す。
(2) 図に示す原理的なSDR受信機の信号処理例として、高周波信号を[A]によりI/Q(In phase/Quadrature phase)信号に変換後、A-D変換器でI/Q信号を数値データに変換し、DSP(Digital Signal Processor)により数値データを演算し目的の信号を取出す方式がある。
(3) ダイレクトコンバージョン(ゼロIF)方式のSDR受信機は、原理的に[B]が発生しない等の多くの長所があるが、受信信号が強すぎるとA-D変換器で[C]が発生し、デジタル信号への正確な変換ができなくなるという短所もある。
問題図(横長) H3212A15a
Fig.H3212A15a


直交ミクサ 影像周波数妨害 オーバーフロー
直交ミクサ 感度抑圧効果 オーバーフロー
直交ミクサ 影像周波数妨害 折返し雑音
デジタルフィルタ 感度抑圧効果 折返し雑音
デジタルフィルタ 影像周波数妨害 折返し雑音

 このジャンルの問題が初めて出題された時(R2年12月期)、1アマでもついにI/Q変復調(直交変復調)が出題されたか、と思いました。この直交変復調という変調、復調方式は、デジタル変調方式と親和性が良く、今やGPSからスマホ、TVまで、身近に電波を使って通信をする機器には搭載されていないものはない、という程、広く使われているものです。
 この出題は、SDR(Software Defined Radio「ソフトウェア無線」)の問題ですが、事はそれにとどまらず、アマチュアでもデジタル変調を使ってデジタル通信を行うようになったからには、直交変復調の出題もするぞ、という「宣戦布告」に見えてなりません。
 やり始めると、すぐに1陸技レベルになってしまいますので、ここでは基本的な内容に留めます。

[1]ソフトウェア無線とは

 まずは、SDR:ソフトウェア無線、とは何なのか、という話からです。
 これまで、我々アマチュアが「普通に」目にしてきた無線機は、ハードウェアで送受信できる周波数や電波形式が決まるものでした。例えば430MHzのFM機でHFのSSB波を出すことは、物理的に不可能でした。どうしてもやろう、というなら、ハードウェアを改造してオールバンド、オールモード機にする必要があり、430MHzのFMハンディ機にそんな改造は実際できませんでした。
 ところが、A/D・D/Aコンバータが数百MHzのクロックで普通に動くようになり、加えてGHzのクロックで動くDSP(Degital Signal Processor)という、ソフトウェアで信号処理の中身を記述するデジタルデバイスが世に出てきたため、世界が変わってきました。(DSPについては、H2404A15をご参照下さい。)
 ソフトで処理の内容を変えられるのですから、ハードはそのままで、AM変復調もできれば、FM変復調もできるし、リング変調器がなくても、SSBが出せる。周波数も、クロックが許す限り(ここはハードウェアの制約を受けますが)基本的にどの周波数でも出せる。
 だったら、ソフトウェアで、どんな周波数(アマチュアは電波が出せる周波数は制約を受けますが)でも、どんなモード(電波形式)でも送受信できる無線機を作ってしまえ、という発想が湧いてくるのは当然です。
 ただ、この「ソフトウェア無線」という語は人によって、或いは通信分野によっては定義が違い、学会・業界等で定めた定義はないようです。我々アマチュアに限って言えば、上述のように、周波数や電波形式がハードウェアではなく、ソフトウェアで処理できる無線(機)、ということになるでしょう。

[2]ソフトウェア無線機の構成

 少し話が概念的になりましたので、実際にいろいろと技術的制約がある中で、無線機としてどう構成し、動作するのかを見て行きたいと思います。
 ソフトウェア無線の代表的な構成と言われるものは3種あり、それらをFig.HF0801_aとFig.HF0801_bに示します。

Fig.HF0801_a SDRの代表的構成1
Fig.HF0801_a
SDRの代表的構成1
Fig.HF0801_b SDRの代表的構成2
Fig.HF0801_b
SDRの代表的構成2

(1) ダイレクトサンプリング方式
 これは、Fig.HF0801_aの上に示すように、アンテナから入って来た電波をそのまま高周波増幅(低ノイズ増幅:LNA)して、バンドパスフィルタ(BPF)で目的の帯域のみを取り出し、周波数変換をせずにA/D変換をしてしまう方法です(アンテナの直後にBPFを持って来て、高周波増幅段の混変調、相互変調特性を改善しようとする構成もあります)。デジタル信号になってしまえば、後はDSPでいかようにも信号処理できるので、FMだろうがSSBだろうが、何でも復調できる、というわけです。この方式は周波数変換(中間周波数:IF)がありませんから、回路もシンプルで、スーパーヘテロダイン方式につきものの、イメージ(影像)周波数による混信がありません
 ところが、電波の周波数が上がってくると、それに応じてA/D変換の周波数も上げる必要があります。例えば、10MHzの信号であれば、サンプリング周波数は(標本化定理により)2倍の20MHz以上あればいいわけですが、430MHzになると860MHz以上が必要となります。
 A/Dコンバータのクロックというのは、単位時間あたりにそれだけの個数のデジタルデータが出てくるということですから、10MHzと430MHzでは出てくるデータ量は1000万個/s(10MB/s)→4.3億個/s(430MB/s)と、単純に43倍になります。
 ということは、それを処理できるだけの高速なDSPが必要となり、消費電力が増え、コストも上がります。430MHzであっても、SSBであれば帯域は3kHzしかないわけで、単に搬送波の周波数が高いだけで、DSPに43倍のパワーが割振るのはどう考えてもメリットがありません。ですから、この方式は、比較的(搬送波の)周波数が低い、HFから50MHzくらいまでの無線機によく用いられるものです。
 それから、BPFについて疑問がわきます。上で述べたように、ソフトウェア無線は、ハードに制約されないのがメリットでしたが、BPFを入れてしまったら、その中心周波数と帯域幅はハードで決まるので、SDRでなくなってしまうのではないか…。
 ごもっともです。現実を考えてみると、もし、1GHzのサンプリング周波数を持つ高速A/Dコンバータで、500MHzまでの帯域の電磁波を全部デジタル化しようとすると、LNAがそれだけの帯域幅を持たなければなりません。通常、ノイズ電力は帯域に比例しますから、小さな信号はノイズに埋もれてしまうでしょう。
 さらに問題なのは、0-500MHzの帯域に入ってくる信号は、低い方は対潜水艦通信や標準電波から、AM放送、FM放送に公共通信、アマチュア、とありとあらゆる信号もノイズもが増幅されて、それらのベクトル和となって入ってきますから、すぐに飽和してしまいます。これほどの広帯域を増幅するには、相当の余裕を持った増幅器で、注意深くA/D変換器に入れてやらなければなりません(A/D変換器にも入力電圧の上限があります)。ですから、広帯域を実現したければ、現実的な帯域幅で中心周波数が違うBPFを複数用意して、切替えながら使う、ということになります。

(2) ダイレクトコンバージョン方式
 これは、Fig.HF0801_aの下に示すように、アンテナから入って来た電波を局発(LO)の周波数混合(MIX)して、低域フィルタ(LPF)で低域のみを取り出し、A/D変換を行う方法です。つまり、一度だけ周波数変換します。ダイレクトサンプリングでは、周波数変換がないことでイメージ混信がない、と書きましたが、この方法ではイメージ混信の問題が出てきます。実は、後で述べる直交変復調という方法を使って信号処理すれば、イメージ混信をキャンセルすることができるので、この方式がSDRでは最もよく使われます。
 局部発振器と周波数混合器が必要となりますので、回路は複雑になります。ただ、どちらもかなり高周波までアナログ技術として確立したものなので、通常はデメリットとはなりません。また、周波数範囲についても、ダイレクトサンプリングのようにBPFの中心周波数を切替えるより、発振器の発振周波数を変化させる方が容易なので、こちらの方が有利と言えるでしょう。選択度は、LPFの特性で決まります。
 さらに、この方法の最も有利なのは、LOを搬送波と同じか、ごく近い周波数に設定してしまえば、1回の変換で音声周波数(デジタルの場合はベースバンド信号)が得られ、ダイレクトサンプリングのように、高い周波数域でも高速なA/Dが必要なくなることです。周波数変換は行っていますが、出力が中間周波ではなく低周波(又は直流)なので、この方式は別名「ゼロIF」とも呼ばれます。
 通常、スーパーヘテロダイン方式で、一気に低周波や音声帯域にまでダウンコンバートしないのは、通過帯域内にイメージ混信がたくさん現れるからですが、上に書いたように、直交変復調を使えば、この問題がクリアされます。

(3) スーパーヘテロダイン方式
 この方式は、従来のスーパーヘテロダイン方式の無線機で、中間周波数増幅段より後をデジタル化したもの、と考えることができます。上の2つの方式に比べて、IFのアナログ部分がさらに増えますから、温度変動等の環境の変化に対しては弱くなりますが、V・UHF帯以上の周波数では、ダウンコンバートするメリットもありますので、この方式が用いられます。図はシングルコンバージョンですが、従来通り、ダブル・トリプルコンバージョンの無線機も考えられます。
 この方式も、中間周波数の信号をA/D変換するので、高い周波数のサンプリングは必要ありません。従って、A/D変換器やDSPには、さほどパワーを必要としないメリットがあります。デメリットは、やはりヘテロダイン方式につきものの、イメージ混信です。それでも、従来の受信機が実用になっているように、SDRのスーパーヘテロダインが実用にならないかというとそんなことはなく、あくまでも上の2方式と比べて、という議論になります。

[3] 直交変復調方式

 ここからは、ダイレクトコンバージョン方式で用いられている、直交変復調方式で、何故、イメージ混信が避けられるのか、数式を元に説明して行きます。
Fig.HF0801_c ゼロIFのIQ分離方式
Fig.HF0801_c
ゼロIFのIQ分離方式
 左図Fig.HF0801_cのように、受信した信号fR [Hz](この角周波数をωR=2πfR [rad/s]とします)はLNAで高周波増幅され、二手に分けられます。両方とも周波数混合器に入るのですが、混合される信号に特徴があります。
 局発の周波数をfL [Hz](この角周波数をωL=2πfL [rad/s])としますが、I信号の方にはそのまま、Q信号の方にはωLを正確にπ/2だけ遅らせて加えます。また、ダウンコンバージョンですので、入力信号は局発の周波数より高い、つまり、ωR>ωLとします。
 LNAの出力をSR、局発の出力をSLとすると、
 
と書けます。振幅を両者とも1に規格化してあるのは、周波数だけを見たいためです。また、入力信号も局発もsinにしていますが、どちらかをcosにしたり、両方cosにしても、後に述べる結果は同じなので、腕(計算)に自信のある方はやってみて下さい。
 この方式は、局部発振器の出力がπ/2ずれたものとそのままのものを加えるために、「直交」変復調という名が付いています。また、ここでは復調しか扱いませんが、変調は信号の流れが逆になるだけで原理は同じです。いずれ、送信側の問題も出るでしょう。
 さて、周波数混合器というのは、数学的に言えば2信号の「乗算」をする回路です。そこで、周波数混合器のI信号側の出力をSI1、π/2ずらしたQ側の出力をSQ1とすると、各々は、
 
と表せます。ここで、三角関数の公式、
 
を思い出して下さい。要するに、sinの中身をπ/2遅らせるとcosで表せる、ということです。これを使って(4)式を書き直せば、
 
となります。従って、SI1とSQ1は、(3)式と(6)式で表すことができます。
 さて、これらはsin×sin、sin×cosとなっていますが、このままでは、周波数成分が分かりません。そこで、またもや三角関数の公式
 
を使って表すことを考えます。参考までに、この公式は
 
という別の公式群において、(7)式={(12)式−(11)式}/2、(8)式={(9)式+(10)式}/2で求められます。これらを使って(3)式と(6)式を書き直せば、
 
となります。これらの式の右辺を見れば、I側もQ側も、周波数混合器の出力は、ωRとωLの2周波の和周波と差周波の成分であることが分かります。ただ、I側とQ側ではsinとcosが異なっている、という違いはあります。実は、この違いこそが、イメージ混信をキャンセルしてくれる理由となります。
 さて、これらの信号をそれぞれLPFに通して、和周波(ωR+ωL)の信号成分を落としてしまえば、各々の信号をSI2とSQ2として、
 
が残りますが、上記と同様、周波数のみに着目したいので、係数の1/2は除いています。ここまでで、DSPに入力される信号が求められました。
 ところで、余談になりますが、このπ/2だけ位相をずらして周波数混合する、という手法は、上に書いたように復調だけでなく変調にも使えます。具体例が、搬送波にπ/2移相器を使ったSSB信号の生成法H2412A10です。この問題はアナログ信号で変調を掛けていますが、「直交」という概念が、無線の世界では非常に応用の広いものになっている、一つの例です。

[4]イメージ混信が除去できる原理

 (13)式、(14)式を見ると、どちらも周波数成分はωR−ωLなので、これのどこをどうすればイメージ混信が除去できるのか、分かりません。上の例で考えてきたのは、ダウンコンバートなので、考えているのは、ωR>ωLとなる信号についてです。ダウンコンバートの際に起こるイメージ混信というのはωR<ωLで起こります。つまり、ωR−ωL<0となるわけです。
 角度が負になる場合の、三角関数の公式、
 
を思い出してみて下さい。cos関数は角度部分の符号が変わっても正負に変化はありませんが、sin関数は角度部分が負になると、関数全体に負号が付きます。この関係を(13)式、(14)式に適用すれば
 
となります。そこで、ωR>ωLの場合とR<ωLの場合に分けて、これの物理的意味を考えてみましょう。ωR−ωL=ωdと置きます。
 FigHF0801_dの上は、ωR>ωLとなる信号波が入った場合です。この場合、I信号とQ信号は、(13)式も(14)式も正ですから、両者のωdの成分をDSP内で加算すれば、計算上、2倍の振幅が得られます。
 一方、Fig.HF0801_dの下のωR<ωLのイメージ妨害波の場合は、I信号は正ですがQ信号はsinなので負となり、両方が等振幅であれば、DSP内で加算すれば消えてしまいます。
 実際には、信号波に混じってイメージ妨害波が入ってくるので、イメージ混信はキャンセルされて、信号波だけが残る、ということになります。
Fig.HF0801_d I,Q各々の周波数と振幅
Fig.HF0801_d
I,Q各々の周波数と振幅
 実は、このIQ信号は、イメージ混信の除去以外にも、DSPに入る時点で、変調波の振幅や位相の情報を持っており、それをDSPで処理することで、原理的にどんな変調方式でも復調可能になります。
 さらに、位相が正確にπ/2ずれたを信号を得ることは、アナログ技術では非常に難しいことですが、DSPとD/Aコンバータがあれば比較的容易に実現できます。
 つまり、ソフトウェアでDSPのプログラムを書き換えてやれば、どんな周波数、どんな形式の変調波も復調できる、というわけです。

それでは、解答に移ります。
 …ここは周波数混合器ですが、直交変復調の場合は直交ミクサと呼びます
 …問題図のダイレクトコンバージョン方式の場合、原理的に発生しないのは影像周波数妨害です
 …受信信号が強過ぎると、LNAの利得を制御する機能(AGC)がない限り、A/D変換器にオーバーフロー(桁あふれ)が発生します
となるので、正解はと分かります。

 この問題は今回(R2年12月期)初出ですが、今後もこのジャンルの出題が予想されます。そこで、余談になりますが、選択肢の見方を書いておきます。
 まず、[A]を見ると、この段階ではまだ信号がA/D変換されておらず、アナログのままですからデジタル信号が対象の「デジタルフィルタ」という選択肢はあり得ません。[B]は直交変復調の特徴そのものなので、知らないと選べないかも知れませんが、「感度抑圧」はLNAがあれば起こり得るので、ブロックを見ると否定されるでしょう。[C]は振幅方向の議論で、「折返し雑音」は標本化定理という周波数方向の議論で出てくるものですから、これも違うでしょう。
 無論、全部に知識がある方は、難なく正解でしょうが、部分的にしか知識なくても、不合理と思われる選択肢を取り除いて行けば(選択問題ですから)正答の「確率」が上がります。